あはははは

いざ、参らん!

すごいつよーい

剛がテレビで歌っている、、、

その光景に幸子は
自分の目を疑った。

今年で 45 歳である。

剛はテレビになんか出ない、
ずっとそう思って生きてきた。

その信念のせいで、
せっかく知り合った剛愛好者と
過去に何度も袂を分かってきた。
慰めあえるはずの仲間を
失ってきたのだ。

だが剛は
いまテレビに映っている。
しかもこれは大晦日の生放送である。

初めは
自分の頭がおかしいのだと思った。
日中無理を押して
活動しすぎたからだと、
だから目を開けながら
夢を見ているのだと思った。

だがどうも違う。
剛らしき映像が
テレビに映り始めてからもう
10 秒くらい経つのに、
まだ剛らしきそれは
画面いっぱいに
エネルギーをほとばしらせて
歌っている。
映っているのだ。

「なんなのよ、これ。」
幸子の口からまともに出た
最初の言葉はこれだった。

「約束したじゃんか、、、」
うなだれて目を閉じた幸子は、
ある同級生ポチミスとの思い出を
震える息で
思い浮かべていた。

その同級生の家の
インターフォンの音は、
ファミリーマートという
今はないコンビニチェーン店の
エントランス音と同じだった。

「ねえ、今の音さぁ、」
幸子はその同級生ポチミスの家に
遊びに行っていた。
招き入れられる時に、
挨拶の続きとして、
他愛ない会話の一つとして、
そう切り出した。

「だ。気づいたけ? ファミマ」
二人で同時に吹き出して
ゲラゲラ笑った。
「なんで? 寄せたのファミマに?」
「違う違う、あっちが寄せてきたのさ。
うちという日本古来の伝統を
継承し続ける家庭によ、
心打たれたんだと、
ぷろじぇくとりーだーとかいうお方が」
「ほんとー?」
幸子は語尾を持ち上げて言った。
小学校以来の付き合いだが、
今までに一度も、
ポチミスの家が
日本古来の伝統を受け継いでいる
などと聞いたことがなかった。
ポチミスはよく、
どこかの方言を
真似たイントネーションで、
他愛ない嘘を吐くのだった。
「ほんとさ。
おとっさんも、
まんざらでもない顔で、
そのりーだーの言うこと聞いとってさ。
なんでも
『全てを押し流す経済的正義の只中で
凌ぎを削り合うだけの私達ですが、
少しでも伝統の継承、
人間が生存し続ける意義
というものに、
関わらせていただきたいんです』
ちゅうて。
えらい感動しとってさ、
おとっさん。
何日も何日も、
トイレから出てきた後で
繰り返しとったんよ。」

中華反転

おれはもう我慢できなかった。

荘厳
と言ってもいいほど重い雰囲気の
会議室を
無言で音を立てて飛び出し、
高級旅館の廊下に敷いてあるような
柔らかい絨毯の上を、
その柔らかさには
意識を向けることなく
駆け抜け、
そして男子トイレと女子トイレを
間違えることなく、
目的の場所にたどり着いた。

そしておれはすべてを吐き出した。
さっき食べた弁当を、
盛大に
全力で吐き出した。
頭の血管が切れるのではないか
と思えるほどの激痛を感じながらも、
力強く、
雑巾を固く絞るように
吐いたのだ。
最後のひと押しと思って
強烈に力んだ時、
音を立てて屁が出た。

この時はまだ
自分を客観的に見る余裕があった。
今考えれば、
この時こそが、
客観的でい続けられるかどうかの
最後の分水嶺だったのだろう。
それ以後おれは、
自分の思っていた客観性に、
少しも自信が持てなくなった。
人が当たり前のように言う
主観と客観の区別なんてものは、
幻想や思い込みの類だという
考えに取りつかれるようになったのだ。

吐いて気分が楽になったおれは、
力んだために頭に上った血が
静まりきらないまま、
ゆっくりと会議室へ向かった。
途中
例の柔らかい絨毯のあるところに
差し掛かったとき、
先程猛烈な速度で移動していたおれを
見ていたであろう同僚のK氏が、
「トイレ行ってたの?」と
遠慮気味に聞いてきた。
おれは彼の方には目もくれず
そのそばをゆっくりと通過した。

会議室の前まで戻ってきたおれは
そこで初めて
気持ちを落ち着ける作業に
意識的にとりかかった。

両腕を軽く回す。
少し胸を張り、
深呼吸をする。
膝を少し曲げながら、
チンポジを確認する。

よし、おれはいける。

そしてドアを勢い良く押し開けると
こう声を張った。
「しゃすいやせーん!」

会議室にいた全員が
こちらを見たかどうかは確認せず、
おれは迅速に自分の席に着いた。