あはははは

いざ、参らん!

殺す幸せ

洋子は息を切らして追いかけていた。自分が追いかけていることに無自覚なまま、白っぽい蝶を追いかけていた。

洋子は追いかけると同時に逃げていた。自意識を苛む、苦い失敗の記憶の数々から、逃げていた。本人は逃げていることにも無自覚で、ただ蝶を追いかけるため、全身を躍動させることに集中していた。

休日の森林公園である。虫好きの人間が走る光景は特に変ではない。ただし洋子はスーツにパンプス、肩にはサイドバッグという出で立ちである。

洋子は無類の蝶好きかというと、そうではない。むしろ虫は普段避けるし、家の中にいればすぐに殺す人物である。今回はただ追いかけなければ、いてもたってもいられないようであったから、追いかけたのである。

蝶を追いかける先に目的はない。捕まえてどうしようと考えていないことはもちろんのこと、蝶を追いかけ終えた後、周囲の人間との間に流れるであろう不審な空気への心配さえしていない。ただ夢中に、自分を殺すことに成功したのである。